先日、五年ほど前に書いた日記を読み返していたら、当時の辛い気持ちを綴っていたものがあった。
こんな気持ちになっても、なんとか生きていけるということを示したいので、今日、ブログに載せようと思う。
僕には生まれた日の記憶がある。
ベッドで寝ている母の隣に置かれた。
母は微笑んだ。
僕も笑った。
その時の僕には怖いものなど無かった。
それから二十数年が経つ。
現在は不安と恐怖に押し潰されそうになりながら、死を切望している。
これまで生きてきた足跡である記憶を、すべて消し去りたいとさえ思っている。
何も知らなかったあの日より、成長しているはずなのに。
ごめんな、君を幸せにしてやれずに。
これでも精一杯頑張って生きてきたつもりだったんだ。
親や自分自身の期待に応えたいと思って生きてきたんだ。
結局僕は何一つ成し遂げることもできず、誇れるものも無く、まるで最初から何も無かったかのようにして、君に謝ることしかできない。
本当に申し訳ない。
その日を君の幸せのピークにしてしまった。
スタートラインであるはずのその日を。
さようなら。
その日の思い出を噛み締めて、僕は逝くよ。
生きれば生きるほど辛いから。
僕はこれを書いた日に、少し生まれ変わったのかもしれない。
また同じような気持ちになっても、何度でも生まれ変わって、新しい自分を描いていきたい。
たとえそれが、とてもしんどくて、まったく思い通りにいかない道だとしても。
今日もこうして、嫌なことを思い出さないようにしながら、良いことを思い描いて、懸命に生きているよ。
今日は、明日は、明後日は、来週は、来月は、来年は、良いことがありますように。
幸せを夢見ていると、いつの間にか幸せの中にいて、気付くと幸せを夢見ていない日々になっていたらいいな。