うつの心を震わせろ

人生について考えてみよう

死んだ後も会いたいと思われる人になりたい

何が人の価値を決めるだろう

見た目やお金、経歴、権力、名声など基準は様々だろう

でも俺は、死んだ後も会いたいと思うかどうかで判断している

それが最も公平で、最も人間の根幹部分を評価していると思うからだ

死後の世界には現世のしがらみは一切無い

そこでは本当の人間の魅力が問われる

あまりイメージができないようなら、自分が死んだ後に会いたい人をイメージしてみるといいかもしれない

その人は何を基準に選んだだろう

ただのお金持ちやただルックスが良い人、ただ偉いと言われている人ではないと思うのだ

死ねば目に見えるものは全て失う

残るのは自分という哲学的な存在だけだ

俺はそんなに多くの人に思われなくてもいいが、死んだ後も会いたい、会ってみたいと思われるような人になりたい

何者かになって初めて分かる?

働いてみないと、親になってみないと、この歳にならないとなんて言う人って結構多い

でも、それから分かってたら遅いと思う

人間には想像力がある

だから、働く前に、親になる前に、歳を取る前に、イメージすることはできるはずなのだ

当然なってから分かることも多々あるだろう

だが、考えれば当たり前のことや、人として生きるなら当然のことは、なる前に考えておかねばならない

何者かになってないくせになんて言う奴はどうかしている

そんなことを言い出したら、誰にも人の気持ちは分からないということになる

そんな奴は、小説や漫画を読んで感動することもないのだろうか

なったことのない者の立場になってその気持ちを考える、たったそれだけのことができないはずはないのに、それを諦めてしまっている人のなんと多いことか

それが思いやるということなのだが、なぜ分からないのだろう

働き出してからお金のありがたさが分かるのは想像力が足りなさ過ぎる

親になってから子供のことを考え出したら、子供からすれば不安だ

年老いてから病気や人生のことを考え出すなら、今まで何をしてきたのかと言ってやりたい

とにかく思いやりを持って周りを見渡せば、自ずと世界が分かってくる

井の中の蛙、大海を想う

人間は全てを知ることはできない

だから結局、俺たちはどこまでいっても、井の中の蛙

でも、そこで満足するかしないかで、生き方は変わる

どちらがいいということはない

ただ、俺はもっと広い世界を見てみたい

そのためにも、まずは井の中で頑張ってみようと思うのだ

無知な人を井の中の蛙だと馬鹿にして生きている奴はたくさんいる

けれど、そいつらも結局は井の中の蛙もしくは蛙にすらなれていないのだ

人を見下す前に自分を見つめ、己にできることを増やしていきたい

そうすれば、おたまじゃくしに脚が生えるように、いつか俺たちにも翼が生えるかもしれない

頑固でいいんじゃない

何でもいいよってだいたい言う

だから、自分は寛容な方だと思う

ただ、寛容であることに自信を持ってるからこそ、頑なに寛容であろうとする部分もあるかもしれない

許すことにこだわり過ぎて、怒るべき時に怒れないことも多い

でも、それでいいんだと思う

全ての物事や考え方において、中道を行ける人なんてこの世にいない

人は偏りがあるから面白い

だから、できないということにも自信を持てればいいと思うんだ

人からああだこうだ言われて、その意見に流されてばっかりだったら、その人の発言には何の重みもない

人に何と言われようと自分の意志を貫き通す部分を、少しだけは持っていたい

それが多いとわがままで、それが無ければ自分が無い

ほんの少しでいいから、自分の人格の核となる思想を守って生きていこう

自分なりのこれだけは譲れないっていうこだわりがあれば、その人の行動はオリジナリティに溢れたものになるだろう

誰かの仇を取る

誰かの仇を取るのはカッコいいことだと思っていた

だけど、自分と関係がなければ、ただ自分が先制攻撃を仕掛けたに過ぎない

だから、仇を取ってよいのは、自分も敵に何かをされた被害者の一人である場合だけだ

また、友人の仇で自分もその被害を受けた時であっても友人が悪ければ仕方ないが諦めるしかない

そこでただ友達だからと仇を取ったとしても、正義が敵にある以上、己の行為はただの腹いせだ

誰が正しくて誰が間違っているのかを把握した上で、自分との関係性を考え、仇を取ってもいいかの判断を下さねばなるまい

それだけ他人の仇を取るのは難しいことだ

下手をすれば、憎しみの連鎖が延々と続いていくかもしれない

そうならないためにも、軽々しく人を傷つけてはならないのだ

変化を選択する勇気

環境や人を変えることって難しい

例えば、職場やお見合い相手なんかが良い例だろう

まるでポーカーのようだ

今持っているカードを切って次のカードが必ずしも良いとは限らない

ただ、このポーカーに勝ち負けはなく、自分が満足できるかどうかだけが重要となる

でも、次のカードを引こうか迷っているということは、今のカードには満足していないということだ

もちろん現状は安定していて、それを手放せば後悔するかもしれないが、手放さなくてもどうせ後悔するに決まっている

同じ後悔するなら、次のカードを引いてみるのも悪くない

怖気付くようならやめた方がいいが、ロイヤルストレートフラッシュを狙うなら、自分の人生をかけた大一番の運試しをしてみようではないか

 

焦る

信号の点滅が、電車の発車音が、夕焼けがなんとなく俺を焦らせる

年末もそうだ

サンタクロースを見ると、今年を思い返して、まだやれることはないかと、今年中に無理矢理詰め込もうとする

焦らなくても次を待てば良いのに、今頑張らないと動けなくなりそうで怖いんだ

少しでも良い形で次に繋げられるようにしているのだが、そのせいで逆に自由が無くなってしまっている気もする

たまにはゆっくり見送る時があってもいいと思うのだ